1. 帝の寵愛を受ける更衣
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
どの帝の治世であっただろうか。女御や更衣が大勢お仕えになっていた中に、それほど高貴な家柄ではない方で、ひときわ帝に愛されていらっしゃる方がいた。
「光源氏の誕生」「飽かぬ別れ」を、原文と現代語訳で読む。
『源氏物語』「桐壺」の人物関係から、冒頭・重要箇所の品詞分解、敬語、和歌、テスト問題まで確認できます。「光る君誕生」と題する教材の学習にも使えます。
原文対訳・四択40問・記述6問は、登録せず無料で利用できます。
「桐壺」は、紫式部の『源氏物語』第一帖です。帝が桐壺更衣を深く愛したこと、そのために更衣が周囲の反感を受けたこと、光源氏の誕生と母の死が描かれます。身分・寵愛・後ろ盾の違いを押さえると、人物の行動や敬語を読み取りやすくなります。
特別に高い身分ではない桐壺更衣に帝の寵愛が集中し、他の妃や廷臣の反感が強まります。更衣の父は亡くなり、有力な後見人はいません。やがて、帝と更衣の間に美しい皇子が生まれます。
幼い皇子を残して、病気の桐壺更衣が宮中を退出します。帝は別れを受け入れられず、更衣は帝と共に生きたいと和歌に託します。しかし更衣は実家で亡くなり、帝と母君は深い悲しみに沈みます。
| 人物 | 関係・立場 | 本文で確認する点 |
|---|---|---|
| 桐壺帝 | 桐壺更衣を愛する帝。光源氏と第一皇子の父。 | 桐壺更衣への寵愛と、死別への悲しみ。 |
| 桐壺更衣 | 大納言の娘。帝の妃。光源氏の母。 | 強い寵愛に対し、政治的な後ろ盾は弱い。 |
| 光源氏 | 桐壺帝と桐壺更衣の間に生まれた皇子。 | 美貌への評価と、母方の支援の弱さ。 |
| 弘徽殿女御 | 右大臣の娘。第一皇子の母。 | 母方の家の政治力と、桐壺更衣への警戒。 |
| 第一皇子(一の皇子) | 後の朱雀帝。光源氏の異母兄。 | 将来の皇太子として世間に大切にされる。 |
| 桐壺更衣の母 | 亡き大納言の妻。教養ある女性。 | 娘の退出を願い、葬送では悲しみを抑えられない。 |
| 比べる点 | 第一皇子 | 光源氏 |
|---|---|---|
| 母 | 弘徽殿女御(右大臣の娘) | 桐壺更衣(亡き大納言の娘) |
| 母方の後ろ盾 | 右大臣の支援がある | 有力な後見人を欠く |
| 本文の呼び方・評価 | 疑ひなき儲けの君 | 世になく清らなる玉の男御子 |
| 帝の思い | 将来の皇太子として公的に大切にする | わが子としての私的な愛情を深く注ぐ |
掲載範囲:「いづれの御時にか」〜「御局は桐壺なり。」。教科書により表記・採録範囲が異なります。ここでは掲載した原文に対応する訳を示します。
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
どの帝の治世であっただろうか。女御や更衣が大勢お仕えになっていた中に、それほど高貴な家柄ではない方で、ひときわ帝に愛されていらっしゃる方がいた。
はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。
入内した当初から、自分こそはと誇り高くしていらっしゃった女御たちは、その更衣を目障りな者として見下し、ねたみなさる。その更衣と同じくらいの身分や、それより低い身分の更衣たちは、女御たちにも増して心穏やかではない。
朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、
日々、帝のおそばにお仕えするにつけても、ほかの女性たちの心を波立たせることばかりで、恨みを受けることが積み重なったためだったのだろうか、桐壺更衣はひどく病気がちになっていった。そして、何となく心細そうに実家へ下がっていることが多いので、
いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。
帝は更衣を、ますます離れていては物足りず、いとおしい人とお思いになって、人からの非難をも気にしてお控えになることができない。後の世の語り草にもきっとなってしまいそうな、お扱いぶりである。
上達部、上人なども、あいなく目を側めつつ、「いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と、
高位の公卿や殿上人なども、困ったことだと顔をそむけながら、『見ていられないほどの、あの方へのご寵愛だ。中国でも、このようなことがきっかけとなって、世の中が乱れ、悪い状態になったのだ』と言い、
やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。
次第に世間でも、困ったこととして人々の悩みや非難の種になり、楊貴妃の例まで持ち出されそうになっていく。桐壺更衣には、たいそう居づらく思うことが多かったが、帝の身に余るありがたいお気持ちがほかに比べようもないほど深いことを頼みに、宮仕えを続けなさる。
父の大納言は亡くなりて、母北の方なむいにしへの人のよしあるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなしたまひけれど、
桐壺更衣の父である大納言は亡くなっていた。母の北の方は、由緒ある家柄の、昔風の教養を備えた人で、両親がそろい、今まさに世間で華やかな評判を得ているほかの方々にも大して劣らないよう、どのような儀式の支度もお整えになったが、
とりたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。
これといって頼もしい後見人がいないので、何か事があるときには、やはり頼る先がなく、桐壺更衣は心細そうである。
先の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ。いつしかと心もとながらせたまひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌なり。
前世でもお二人のご縁は深かったのだろうか、この世にまたとないほど美しい、玉のような男の御子までお生まれになった。帝は早く会いたいと待ち遠しくお思いになり、急いで宮中へ参らせてご覧になると、その御子はめったにないほど美しい赤子のお顔立ちである。
一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲の君と、世にもてかしづききこゆれど、
第一皇子は、右大臣の娘である女御がお産みになった子で、後ろ盾が強く、間違いなく将来の皇太子になる方として、世間の人々は大切にお世話申し上げていたが、
この御にほひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物に思ほしかしづきたまふこと限りなし。
第一皇子は、この若宮の輝くような美しさには、お並びになれそうもなかったので、帝の第一皇子への思いは、皇子として当然寄せる尊いものにとどまっていた。一方、この若宮を、ご自身だけの大切な子としてお思いになり、限りなくかわいがり、大切にお育てになる。
初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。おぼえいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなくまつはさせたまふあまりに、さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、まづ参う上らせたまふ。
桐壺更衣は、もともと普通の女房と同じように、帝のおそばで日常のお仕えをなさるはずの身分ではなかった。帝からのご寵愛はとても深く、高貴な方らしい様子であったが、帝がむやみにおそばへ付き添わせなさるあまり、ふさわしい管弦のお遊びの折や、何か風情のある催しの機会には、まず更衣を御前へお呼び寄せになる。
ある時には大殿籠もり過ぐして、やがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前去らずもてなさせたまひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれたまひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、
あるときには帝がお寝過ごしになって、更衣をそのままおそばに控えさせるなど、無理にでも御前から離さないようお扱いになっていたので、更衣は自然と身分の軽い者のようにも見られていた。しかし、この御子がお生まれになった後は、帝が更衣に格別のご配慮をなさるようになったので、
「坊にも、ようせずは、この御子の居たまふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。人より先に参りたまひて、やむごとなき御思ひなべてならず、皇女たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう心苦しう思ひきこえさせたまひける。
『皇太子の座にも、ひょっとすると、この御子がお就きになることになるようだ』と、第一皇子の母である女御は疑い、不安にお思いになっている。この女御はほかの方よりも先に入内し、帝からの重んじられ方もひととおりではなく、皇女たちもお産みになっていたので、帝はこの方のおいさめだけは、やはり面倒で、心苦しくお思い申し上げになっていた。
かしこき御蔭をば頼みきこえながら、落としめ疵を求めたまふ人は多く、わが身はか弱くものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ。御局は桐壺なり。
桐壺更衣は、恐れ多い帝の庇護を頼りに申し上げながらも、自分を見下し、欠点を探しなさる人は多く、自身は体が弱く、どことなく頼りない様子なので、かえって深い物思いをなさる。お住まいの部屋は桐壺である。
掲載範囲:「その年の夏」〜「野分立ちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて、靫負命婦といふを遣はす。」。教科書により表記・採録範囲が異なります。ここでは掲載した原文に対応する訳を示します。
前の範囲との間には、更衣への嫌がらせや皇子の袴着などが描かれます。ここからは更衣の病気・退出・死去を読み、続けて葬送と死後の帝の様子まで確認します。後続の使者の訪問や魂のありかを詠む和歌と、死別そのものの場面を混同しないようにしましょう。
その年の夏、御息所、はかなき心地にわづらひて、まかでなむとしたまふを、暇さらに許させたまはず。
光源氏が三歳になったその年の夏、御息所である桐壺更衣は、何となく気分がすぐれない病気になり、宮中から退出しようとなさるが、帝はお暇をまったくお許しにならない。
年ごろ、常の篤しさになりたまへれば、御目馴れて、「なほしばしこころみよ」とのみのたまはするに、日々に重りたまひて、ただ五六日のほどにいと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつりたまふ。
ここ数年、病気がちであることがいつものことになっていらっしゃったので、帝はそれを見慣れて、『やはり、もうしばらく様子を見なさい』とばかりおっしゃる。そのうちに更衣の病は日に日に重くなり、わずか五、六日のうちにひどく衰弱したので、母君は泣きながら帝にお願い申し上げ、更衣を退出させ申し上げなさる。
かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかひして、御子をば留めたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ。
このようなときにも、あってはならない恥ずかしい目に遭うことがあってはと気を配り、御子は宮中にお残し申し上げて、更衣は人目を避けてお出になる。
限りあれば、さのみもえ留めさせたまはず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、言ふ方なく思ほさる。
宮中には守るべき決まりがあるので、帝もただご自分のお気持ちのままに引き留めてばかりはいらっしゃれない。更衣を見送ることさえできない、そのもどかしさを、言いようもなくお感じになる。
いとにほひやかにうつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれとものを思ひしみながら、言に出でても聞こえやらず、あるかなきかに消え入りつつものしたまふを御覧ずるに、
つややかで愛らしかった更衣が、ひどく顔がやせ、何とも悲しいことだと心の底で思いながらも、言葉に出して帝に十分申し上げることもできず、生きているかどうかも分からないほど、息も絶えだえでいらっしゃる。その様子を帝がご覧になると、
来し方行く末思し召されず、よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど、御いらへもえ聞こえたまはず、まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、我かの気色にて臥したれば、いかさまにと思し召しまどはる。輦車の宣旨などのたまはせても、また入らせたまひて、さらにえ許させたまはず。
帝は過去のこともこれからのこともお考えになれず、さまざまなことを泣きながら約束しておっしゃるが、更衣はお返事を申し上げることもおできにならない。目つきなどもひどくだるそうで、ますます弱々しく、正気を失ったような様子で横たわっているので、帝はどうすればよいのかと途方に暮れなさる。宮中で輦車を用いてよいというご命令などをお出しになっても、また更衣の部屋へお入りになり、どうしても退出をお許しになれない。
「限りあらむ道にも、後れ先立たじと、契らせたまひけるを。さりとも、うち捨てては、え行きやらじ」とのたまはするを、女もいといみじと、見たてまつりて、
『命の尽きる旅路にも、一方が遅れたり先立ったりはしないと、お約束なさったのに。いくら何でも、私を置き去りにして行ってしまうことはできないでしょう』と帝がおっしゃるので、更衣もたいそう悲しく思い、帝のお顔を見申し上げて、
「限りとて別るる道の悲しきに いかまほしきは命なりけり いとかく思ひたまへましかば」と、息も絶えつつ、聞こえまほしげなることはありげなれど、
「命の終わりだと、あなたと別れてゆく道が悲しいので、なお生きたいと願うのは、この命なのですね。このような別れになると存じておりましたなら……」と、更衣は息も絶えだえにおっしゃる。まだ帝に申し上げたそうなことはある様子だが、
いと苦しげにたゆげなれば、かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむと思し召すに、「今日始むべき祈りども、さるべき人びとうけたまはれる、今宵より」と、聞こえ急がせば、わりなく思ほしながらまかでさせたまふ。
更衣はたいそう苦しそうで気力もなさそうなので、帝は、このままそばに置いて、たとえどのような最期を迎えることになっても見届けようとお考えになる。ところが、母君の側から『今日始める予定のご祈祷を、しかるべき僧侶たちが承っております。今夜からでございます』と申し上げて退出を急がせるので、帝はどうしようもなくつらくお思いになりながら、更衣を退出させなさる。
御胸つとふたがりて、つゆまどろまれず、明かしかねさせたまふ。御使の行き交ふほどもなきに、なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを、
帝は胸がすっかりふさがる思いがして、少しもうとうとすることができず、夜を明かすのもつらくていらっしゃる。使者が行って戻ってくるだけの時間もたたないうちから、それでも気がかりでたまらないと、しきりにおっしゃっていたところ、
「夜半うち過ぐるほどになむ、絶えはてたまひぬる」とて泣き騒げば、御使もいとあへなくて帰り参りぬ。聞こし召す御心まどひ、何ごとも思し召しわかれず、籠もりおはします。
更衣の実家では、『真夜中を少し過ぎたころに、お亡くなりになりました』と言って人々が泣き騒ぐので、帝の使者もすっかり力を落とし、宮中へ帰参した。それをお聞きになった帝は心が乱れ、何も分別がおつきにならず、お部屋に引きこもっていらっしゃる。
御子は、かくてもいと御覧ぜまほしけれど、かかるほどにさぶらひたまふ、例なきことなれば、まかでたまひなむとす。何事かあらむとも思したらず、さぶらふ人びとの泣きまどひ、主上も御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを、よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれに言ふかひなし。
帝は、更衣を失った今も、御子だけはぜひおそばに置いてご覧になっていたい。しかし、母の喪に服するこのような時期に宮中にいらっしゃることは前例がないので、御子は退出なさろうとする。御子は、何があったのかともお分かりにならず、お仕えする人々が泣き乱れ、父帝も絶え間なく涙を流していらっしゃるのを、不思議だと見申し上げていらっしゃる。普通の場合でさえ、このような別れが悲しくないことはないのに、ましてこの幼い御子の場合はいたわしく、何とも言いようがない。
限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、母北の方、同じ煙にのぼりなむと、泣きこがれたまひて、御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて、愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるに、おはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。
いつまでも亡きがらをとどめておくわけにはいかず、定まった作法に従って更衣の葬儀を執り行い申し上げる。母の北の方は、娘と一緒に火葬の煙となって上ってしまいたいと激しくお泣きになり、葬送に付き添う女房の車へ後を追うようにお乗りになる。そして、愛宕という場所で、たいそう厳かに葬儀を行っている所へ到着なさったときのお気持ちは、どれほどのものであっただろうか。
「むなしき御骸を見る見る、なほおはするものと思ふが、いとかひなければ、灰になりたまはむを見たてまつりて、今は亡き人と、ひたぶるに思ひなりなむ」と、さかしうのたまひつれど、車よりも落ちぬべうまろびたまへば、さは思ひつかしと、人びともてわづらひきこゆ。
『命のないお体を見ていながら、まだ生きていらっしゃるように思ってしまうのが、どうにもむなしいので、灰におなりになるのを見申し上げて、今はもう亡くなった人なのだと、すっかり思い定めよう』と、母君は分別のあるようにおっしゃっていた。しかし、車から落ちてしまいそうなほど身をよじってお泣きになるので、人々は、やはりそうなると思っていたことだと、お世話に困り申し上げる。
内裏より御使あり。三位の位贈りたまふよし、勅使来てその宣命読むなむ、悲しきことなりける。女御とだに言はせずなりぬるが、あかず口惜しう思さるれば、いま一階の位をだにと、贈らせたまふなりけり。これにつけても憎みたまふ人びと多かり。
宮中から使者が来る。帝が更衣に三位の位をお贈りになる旨を、勅使がやって来て宣命として読み上げるのは、悲しいことであった。帝は、更衣を女御とさえ呼ばせることなく亡くしてしまったのが、心残りで残念にお思いになるので、せめてもう一階上の位だけでもと、お贈りになるのであった。このことについても、更衣を憎みなさる人々は多かった。
もの思ひ知りたまふは、様、容貌などのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく、憎みがたかりしことなど、今ぞ思し出づる。さま悪しき御もてなしゆゑこそ、すげなう嫉みたまひしか、人柄のあはれに情けありし御心を、主上の女房なども恋ひしのびあへり。なくてぞとは、かかる折にやと見えたり。
人の情を理解なさる方々は、更衣の姿や顔立ちなどがすばらしかったこと、気立てが穏やかで感じがよく、憎みきれなかったことなどを、今になって思い出しなさる。帝の見苦しいほどの特別扱いのためにこそ、そっけなくねたんでいらしたのだが、更衣のしみじみ心ひかれる人柄や思いやりのある心を、帝付きの女房たちなども皆で恋しく思い出している。亡くなって初めて人のよさが分かるというのは、このようなときのことかと思われる。
はかなく日ごろ過ぎて、後のわざなどにもこまかにとぶらはせたまふ。ほど経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方がたの御宿直なども絶えてしたまはず、ただ涙にひちて明かし暮らさせたまへば、見たてまつる人さへ露けき秋なり。
むなしく日々が過ぎ、帝は更衣の死後の法要などについても、細やかにお気遣いなさる。時がたつにつれて、帝はどうしようもなく悲しくお思いになり、ほかの女御や更衣たちにおそばで夜の伺候をさせることも一切なく、ただ涙にぬれて日をお過ごしになるので、その様子を見申し上げる人たちまでも涙にぬれる秋である。
「亡きあとまで、人の胸あくまじかりける人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿などにはなほ許しなうのたまひける。一の宮を見たてまつらせたまふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、親しき女房、御乳母などを遣はしつつ、ありさまを聞こし召す。
『亡くなった後まで、人の胸のつかえを晴らさせそうにない、あの方へのご寵愛ですこと』と、弘徽殿女御などは、なおも容赦なくおっしゃった。帝は第一皇子をご覧になっても、若宮を恋しく思うお気持ちばかりがわき上がり、親しい女房や乳母などを更衣の実家へお遣わしになって、若宮の様子をお聞きになる。
野分立ちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて、靫負命婦といふを遣はす。
秋の強い風が吹き、急に肌寒くなった夕暮れどき、帝はいつも以上に更衣のことを思い出されることが多く、靫負命婦という女房を、更衣の母君のもとへお遣わしになる。
限りとて 別るる道の 悲しきに
いかまほしきは 命なりけり
現代語訳:命の終わりだとしてあなたと別れてゆく道が悲しいので、生き続けたいと思うのは、この命なのですね。
詠み手:桐壺更衣/相手:桐壺帝。ここでの「いか」は「生く」の未然形で、「道」とのつながりで「行く」も響きます。
更衣は死が近いと感じながら、帝と別れる悲しさゆえに生きたいと願います。「命は限られている」と知ることと、「なお生きたい」と願うことが一首の中で重なります。現代語訳では、命の終わり・帝との別れ・生への願いを落とさずに書きましょう。
同じ語が出ても、すべて「葬式の決まり」とは訳せません。
| 本文 | 場面 | 文脈に即した読み方 |
|---|---|---|
| 限りあれば、さのみもえとどめさせたまはず | 病気の更衣を宮中から退出させるとき | 宮中には定めがあり、重病の更衣をいつまでも留められない。 |
| 限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを | 亡くなった更衣を葬送するとき | 葬送のしきたり・定めがあるので、いつもの作法で葬る。解釈の細部は授業の注釈も確認。 |
| 限りとて別るる道 | 更衣が帝に詠む歌 | ここでは「命の終わり」。上の二つと同じ訳にしない。 |
本文の意味に合わせて覚えます。特に「めざまし」「にほひ」「御おぼえ」は、現代語の感覚だけで訳さないようにしましょう。
| 語句 | この場面の意味 | 注意点 |
|---|---|---|
| 御時(おほんとき) | 帝が国を治める時代・御代 | 「いつの時刻」ではなく、どの帝の治世か。 |
| 際(きは) | 身分・家柄 | ここで「境目」と訳すと人物の立場を読み違える。 |
| 時めく | 帝の寵愛を受けて栄える | 現代語の「ときめく=胸が高鳴る」と区別する。 |
| めざまし | 気にくわない・身の程知らずだ | 女御たちが桐壺更衣をどう見たかを示す。 |
| 篤し(あつし/あづし) | 病気が重い・病気がちだ | 「熱い」としない。読みは教科書の表記に合わせる。 |
| 里がち | 実家に帰っていることが多い | 「里」はここでは桐壺更衣の実家。 |
| あかず | 満足できず・もっと一緒にいたくて | 帝の思いが尽きないことを表す。 |
| そしり | 非難・悪口 | 帝の寵愛の偏りに対する周囲の批判。 |
| 御おぼえ | 帝からの寵愛 | 同じ段落の「世のおぼえ」は世間の評判。 |
| はしたなし | いたたまれない・きまりが悪い | ここでは周囲から冷遇される苦しさ。 |
| かたじけなし | 恐れ多い・ありがたい | 帝の深い愛情を頼みとする。 |
| よしあり | 由緒がある・教養がある | 桐壺更衣の母の育ちや教養を示す。 |
| 後見(うしろみ) | 後ろ盾・世話をする人 | 父が亡くなり、有力な支援者がいない。 |
| 清らなり | この上なく美しい | 「清潔だ」という意味ではない。 |
| 心もとながる | 待ち遠しく思う・じれったがる | 早く御子を見たい帝の気持ち。 |
| にほひ | 輝くような美しさ | 第一皇子と光源氏の容貌の比較。「におい」ではない。 |
| 儲けの君(まうけのきみ) | 皇太子になるべき皇子 | この場面では第一皇子。即位後の光源氏ではない。 |
| 私物(わたくしもの) | 私的な愛情の対象 | 皇位継承の立場とは別に、わが子としてかわいがる。 |
| 御息所(みやすどころ) | 帝の妃を敬っていう語 | この場面では桐壺更衣。六条御息所ではない。 |
| いとま | 退出の許し | 「いとま申す」は宮中を退出したいと願い出ること。 |
| え〜ず | 〜できない | 「え」は可能の意を持つ副詞。打消と組むと不可能。 |
| つゆ〜ず | 少しも〜ない | 打消を強める。「つゆまどろまれず」は少しも眠れない。 |
| いかまほし | 生きたい | 和歌では「生く」の未然形「いか」+願望「まほし」。 |
| かぎり | 限界・定め・しきたり | 「限りとて」は命の終わり。「限りあれば」は前後で具体化する。 |
| 絶えはつ | 息が絶える・亡くなる | 「絶えはてたまひぬる」は更衣の死去を伝える。 |
冒頭二文と重要表現を語ごとに分け、その後に助動詞・係り結びを一覧で確認します。全文すべての語の分解ではなく、文法問題の土台となる箇所を扱います。本文の仮名・漢字表記が違っても、活用と接続を確かめて読みましょう。
| 語 | 品詞・活用 | 意味・見分け方 |
|---|---|---|
| いづれ | 代名詞 | どの。 |
| の | 格助詞 | 連体修飾。 |
| 御時 | 名詞 | 帝の御代。 |
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 | 「〜で」。 |
| か | 係助詞・疑問 | 後に「ありけむ」などが省略。 |
| 女御・更衣 | 名詞 | 帝に仕える妃たち。 |
| あまた | 副詞 | 大勢。 |
| 候ひ | ハ行四段動詞「候ふ」連用形 | 謙譲語。語り手から帝への敬意。 |
| 給ひ | ハ行四段補助動詞「給ふ」連用形 | 尊敬語。語り手から女御・更衣への敬意。 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 | 「中」を修飾。「か」の結びではない。 |
| 中 | 名詞 | 女御・更衣の中。 |
| に | 格助詞 | 範囲を示す。 |
| 語 | 品詞・活用 | 意味・見分け方 |
|---|---|---|
| いと | 副詞 | 打消とともに「たいして〜ない」。 |
| やむごとなき | ク活用形容詞「やむごとなし」連体形 | 高貴な。語尾だけ「なき」と切り離さない。 |
| 際 | 名詞 | 身分。 |
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 | 「〜で」。 |
| は | 係助詞 | 「にはあらぬ」の形。 |
| あら | ラ変動詞「あり」未然形 | 打消「ず」へ接続。 |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 | 「ではない」。完了ではない。 |
| が | 格助詞 | 「〜ではない方で」と続く。同格として説明される。 |
| すぐれて | 副詞 | 際立って。 |
| 時めき | カ行四段動詞「時めく」連用形 | 帝の寵愛を受ける。 |
| 給ふ | ハ行四段補助動詞「給ふ」連体形 | 尊敬。後に「人・方」などを補う。 |
| あり | ラ変動詞「あり」連用形 | 存在する。 |
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 | 物語の過去。「ける」ではない。 |
| 語 | 品詞・活用 | 意味・見分け方 |
|---|---|---|
| え | 副詞 | 後の「ず」と呼応して不可能。 |
| 憚ら | ラ行四段動詞「憚る」未然形 | 遠慮する・差し控える。 |
| せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 | 帝の動作を高める。 |
| 給は | ハ行四段補助動詞「給ふ」未然形 | 尊敬。「せ+給ふ」で高い敬意。 |
| ず | 打消の助動詞「ず」連用形 | 文が続く形。全体で「お控えになることができない」。 |
| 語 | 品詞・活用 | 意味・見分け方 |
|---|---|---|
| 限り | 名詞 | 命の終わり。 |
| とて | 格助詞 | 引用を示す。「命の終わりだと(思って)」。 |
| 別るる | ラ行下二段動詞「別る」連体形 | 「道」を修飾。 |
| 道 | 名詞 | 死へと向かい、帝と別れる道。 |
| の | 格助詞 | 主格。「道が」。 |
| 悲しき | シク活用形容詞「悲し」連体形 | 別れが悲しい。 |
| に | 接続助詞 | 悲しいので。 |
| いか | カ行四段動詞「生く」未然形 | 「生く」の意。「道」とのつながりで「行く」も響く。 |
| まほしき | 願望の助動詞「まほし」連体形 | 生きたい。 |
| は | 係助詞 | 「いかまほしき」を取り立てる。 |
| 命 | 名詞 | 生き続けたい命。 |
| なり | 断定の助動詞「なり」連用形 | 後に「けり」が続く。 |
| けり | 詠嘆の助動詞「けり」終止形 | 「〜なのだなあ」という気づき・感慨。 |
| 表現 | 文法 | 解釈の要点 |
|---|---|---|
| 思ひ上がり給へる | 給へ=四段已然形/る=存続「り」連体形 | 「る」を受身・尊敬の「る」と混同しない。 |
| 恨みを負ふ積もりにやありけむ | けむ=過去推量・連体形(「や」の結び) | 語り手が、病気がちになった理由を推し量る。 |
| なりぬべき御もてなし | ぬ=強意「ぬ」終止形/べき=推量「べし」連体形 | 「きっと〜になってしまいそうな」。 |
| 悪しかりけれ | けれ=過去「けり」已然形 | 「こそ」を受ける係り結び。 |
| 後見しなければ | し=副助詞・強意/なけれ=ク活用「なし」已然形/ば=接続助詞 | 「後見人がいないので」。仮定の「もし〜なら」ではない。 |
| 深かりけむ | けむ=過去推量・連体形 | 「御契りや」の「や」を受ける。 |
| 生まれ給ひぬ | ぬ=完了「ぬ」終止形 | 「お生まれになった」。「あらぬ」と識別。 |
| 参らせて | 参ら=ラ四「参る」未然形/せ=使役「す」連用形 | 皇子を参内させる。後ろの「御覧ずる」は帝の動作。 |
| 御いらへもえ聞こえたまはず | え+打消「ず」=不可能 | 更衣が帝にお返事を申し上げることができない。 |
| つゆまどろまれず | れ=可能「る」未然形/ず=打消・連用形 | 「少しも眠ることができない」。ここは尊敬ではない。 |
| 絶えはてたまひぬる | ぬる=完了「ぬ」連体形 | 係助詞「なむ」の結び。更衣が亡くなったとの知らせ。 |
| 思ひたまへましかば | たまへ=下二段「たまふ」未然形/ましか=反実仮想「まし」未然形/ば=接続助詞 | 更衣が帝にへりくだって言う。「もし〜でしたなら」。続く内容は言いさしている。 |
地の文では、基本的に語り手が登場人物へ敬意を示します。尊敬語は動作主、謙譲語は動作の受け手などを高めます。会話文・手紙では敬意を示す側が話し手・書き手になるため、場面を分けて判断します。
| 本文の表現 | 誰が何をするか | 敬語の種類 | 敬意の向き |
|---|---|---|---|
| 候ひ給ひける | 女御・更衣が帝に仕える | 候ふ=謙譲/給ふ=尊敬 | 語り手→帝/語り手→女御・更衣 |
| すぐれて時めき給ふ | 桐壺更衣が寵愛を受ける | 給ふ=尊敬 | 語り手→桐壺更衣 |
| おとしめそねみ給ふ | 女御たちが桐壺更衣をねたむ | 給ふ=尊敬 | 語り手→女御たち |
| え憚らせ給はず | 帝が周囲の非難を遠慮できない | す+給ふ=尊敬 | 語り手→帝 |
| 生まれ給ひぬ | 光源氏が生まれる | 給ふ=尊敬 | 語り手→光源氏 |
| 急ぎ参らせて御覧ずる | 帝が皇子を参内させ、ご覧になる | 参る=謙譲/せ=使役/御覧ず=尊敬 | 参る・御覧ずとも語り手→帝 |
| もてかしづき聞こゆれど | 世間の人々が第一皇子を大切にする | 聞こゆ=謙譲の補助動詞 | 語り手→第一皇子 |
| 母君泣く泣く奏して | 母が娘の退出の許しを願う | 奏す=謙譲 | 語り手→帝 |
| 御いらへもえ聞こえたまはず | 桐壺更衣が帝に返答できない | 聞こゆ=謙譲/たまふ=尊敬 | 語り手→帝/語り手→桐壺更衣 |
| いみじと見たてまつりて | 桐壺更衣が帝の様子を見る | 奉る=謙譲の補助動詞 | 語り手→帝 |
| のたまはする | 帝が更衣の退出をしばらく待たせる | のたまはす=尊敬語(サ行下二段) | 語り手→帝 |
| 思ひたまへましかば | 更衣が帝に自分の思いを話す | たまふ(下二段)=謙譲 | 話し手の桐壺更衣→聞き手の帝 |
「せ/させ+給ふ」も、形だけで全部を尊敬と決めません。「憚らせ給はず」の「せ」は尊敬ですが、「急ぎ参らせて」の「せ」は皇子を参内させる使役です。誰が誰に何をさせるのかを本文から確かめましょう。
内容理解・現代語訳・文法・敬語の四択問題を各10問収録しています。ロジカ(LOGIQA)のオリジナル練習問題です。実際の学校の出題を保証するものではありません。
自動出題が表示されない環境でも、ここからすべての問題と解説を読めます。紙に答えを書いてから、各問を開いて確認してください。
「はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ」の人物関係として正しいものはどれか。
正解:2. 女御たちが、格別の寵愛を受ける桐壺更衣を見下している。
「御方がた」が「おとしめ嫉みたまふ」の主語で、対象は桐壺更衣です。「我は」は女御たちの自負を表し、更衣自身の高慢さを述べたものではありません。
「もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして」から読み取れる展開はどれか。
正解:3. 更衣が里にいることが増え、帝の更衣への思いが深まっていく。
病気がちで実家に下がる更衣を、帝はいっそういとしく思います。「里がち」は里にいることが多いという意味で、帝の冷遇による退去ではありません。
「唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と「楊貴妃の例」の関係として適切なものはどれか。
正解:1. 一人の妃への偏った寵愛が政治に災いを招くと、周囲が懸念している。
「かかる事」は帝が一人の妃を特別に愛することです。中国の故事を引くのは周囲の批判であり、この時点の日本で実際に反乱が起きたという記述ではありません。
更衣の母が「何事の儀式をももてなしたまひけれど」、更衣が「なほ拠り所なく心細げ」なのはなぜか。
正解:4. 母が儀式を支えても、父を失った更衣には有力な後見がないから。
母の教養や儀式の支度と、政治的に支える後見の有無は別の問題です。「けれど」の前後を読み、母の努力がある一方で頼る相手が乏しいと捉えます。
「一の皇子」と「この君」について、「おほかたのやむごとなき御思ひ」と「私物に思ほしかしづきたまふ」の対比は何を示すか。
正解:2. 帝は第一皇子を皇子として重んじ、光源氏には格別の私的愛情を注ぐ。
第一皇子への重んじ方と、光源氏への深い個人的愛情を対比しています。「儲の君」は第一皇子への世間の期待を示し、光源氏の立太子が決定したという意味ではありません。
弘徽殿女御の「坊にも、ようせずは、この御子の居たまふべきなめり」という思いの内容はどれか。
正解:3. 光源氏が自分の息子に代わって皇太子になるかもしれないという心配。
「坊」はここでは東宮・皇太子の地位です。帝が光源氏を格別に扱うため、第一皇子の母である弘徽殿女御は、自分の息子の立場を不安に思っています。
「御目馴れて、『なほしばしこころみよ』とのみのたまはするに」とある。帝が当初、退出を許さない背景はどれか。
正解:1. 更衣が以前から病気がちで、帝がその病状を見慣れていたため。
直前の「年ごろ、常の篤しさ」が根拠です。帝は以前からの病気と見て様子を見させますが、その後「日々に重り」と病状が悪化します。回復が確認されたわけではありません。
「かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむ」と思う帝が、結局「まかでさせたまふ」直接のきっかけはどれか。
正解:4. 今宵から始める祈祷があると、里側から退出を急がされたこと。
「今日始むべき祈りども」「今宵より」という申し上げが直接のきっかけです。帝は最期まで見届けたいと思っており、自ら進んで別れを選んだのではありません。
更衣の歌「限りとて別るる道の悲しきに/いかまほしきは命なりけり」に表れる心情として最も適切なものはどれか。
正解:2. 死による別れを感じながらも、なお生きていたいという思い。
別れの予感と「いかまほしき」という生への願いが重なります。死を意識していることと、生きることを諦めていることは同じではありません。
葬送で母北の方は「灰になりたまはむを見たてまつりて、今は亡き人と、ひたぶるに思ひなりなむ」と語る。その後の描写との関係はどれか。
正解:1. 娘の死を確かめようとしたが、実際には悲しみで取り乱してしまう。
「さかしうのたまひつれど」に対し、車から落ちそうなほどの様子が続きます。分別ある言葉と抑えきれない悲しみの落差を読み取ります。
「いとやむごとなき際にはあらぬが」の意味として最も適切なものはどれか。
正解:3. それほど高貴な身分ではない方であって。
「やむごとなし」は高貴だ、「際」は身分。「いと」に打消が続くため「それほど高貴ではない」と訳します。「極端に身分が低い」とまでは述べていません。
女御たちが更衣を「めざましきもの」と見る場面の「めざまし」の意味はどれか。
正解:4. 身のほどに合わず、気に入らない。
ここでは更衣への反感を表し、「おとしめ嫉み」が判断の手がかりです。現代語の「目覚ましい活躍」のような、優秀さを褒める意味で読まないようにします。
「なかなかなるもの思ひをぞしたまふ」の「なかなかなるもの思ひ」として適切なものはどれか。
正解:1. 寵愛を得たために、かえって深まってしまう物思い。
「なかなか」はここでは「かえって」。帝の庇護があっても周囲の敵意が強いため、寵愛が苦しみにつながっています。「なかなか解決しない」の現代語用法とは異なります。
上達部・上人の言葉「いとまばゆき人の御おぼえなり」の「御おぼえ」が表すものはどれか。
正解:2. 更衣に対する、帝の深い寵愛。
この「御おぼえ」は帝からの寵愛です。同じ「おぼえ」でも文脈で意味が変わります。ここでは周囲がまぶしく感じるほどの特別な扱いを批判しています。
「世になく清らなる玉の男御子」の「世になく清らなる」を訳すならどれか。
正解:3. この世に比べるものがなく、たいへん美しい。
「清らなり」はここでは容貌の美しさを表します。「世になく」は並ぶものがないほど、という強調で、世間知らずや清潔さの説明ではありません。
「暇さらに許させたまはず」の現代語訳として適切なものはどれか。
正解:4. 帝は、退出の許可を少しもお与えにならない。
「暇」はここでは宮中から退出する許し。「さらに」は打消と呼応して「まったく・少しも」の意味です。「いっそう」「あらためて」と訳すと文意が逆になります。
病床の更衣を述べた「我かの気色にて臥したれば」の意味として適切なものはどれか。
正解:1. 自分か他人かも分からないように、意識がはっきりせず寝ているので。
「我か」は正気を失いかけた様子を表します。直前の「たゆげ」「なよなよ」も衰弱の描写です。帝への意志的な拒絶や、病状の回復を述べてはいません。
退出をめぐる「御覧じだに送らぬおぼつかなさ」の意味として適切なものはどれか。
正解:2. 帝が自ら見送ることさえかなわない、気がかりな気持ち。
見送る側は帝、見送られる側は更衣です。「だに」はここでは「さえ」。「おぼつかなし」は相手の様子を十分に確かめられない心もとなさを表します。
更衣退出後の帝について「つゆまどろまれず」とある。適切な訳はどれか。
正解:4. 少しもうとうとすることがおできにならない。
「つゆ」は打消と呼応して「少しも」。「まどろむ」はうとうとすることです。ここでの「つゆ」を名詞の露や涙と取らず、不可能を表す文として読みます。
「いかまほしきは命なりけり」の「まほしき」に注意した訳として最も適切なものはどれか。
正解:3. なお生き続けたいと願うのは、この命なのだ。
「まほし」は願望を表します。義務・当然・伝聞ではありません。「いか」には「生く」と「行く」が響き合い、別れの道を前にした生への願いが表れています。
「いとやむごとなき際にはあらぬが」の「ぬ」の文法説明として正しいものはどれか。
正解:2. 打消の助動詞「ず」の連体形。
「あら」はラ変動詞「あり」の未然形で、その後の「ぬ」は打消「ず」の連体形です。完了「ぬ」は連用形に接続するので、「あら」には付きません。
「恨みを負ふ積もりにやありけむ」の「けむ」が、この文で表すものはどれか。
正解:4. 過去の事情・原因についての推量。
更衣が病気がちになった事情を、語り手が「恨みが積もったためだろうか」と推し量っています。「けむ」は過去に目を向ける助動詞で、未来の意志ではありません。
「世のためしにもなりぬべき御もてなし」の「ぬべき」の説明として正しいものはどれか。
正解:1. 「ぬ」は強意、「べき」は推量で、きっと例になりそうだと述べる。
連用形「なり」の後の「ぬ」は完了の助動詞で、ここでは推量の「べし」を強めます。「べき」は後ろの名詞「御もてなし」に続く連体形です。打消ではありません。
「かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」で「けれ」が已然形になっている理由はどれか。
正解:3. 係助詞「こそ」の結びになっているため。
「こそ」は結びを已然形にする係助詞で、「けれ」は過去の助動詞「けり」の已然形です。「ぞ・なむ・や・か」の連体形の結びと区別します。
「先の世にも御契りや深かりけむ」の「や」と「けむ」の組合せとして正しいものはどれか。
正解:2. 「や」は疑問、「けむ」は過去への推量。
語り手が前世の縁を「深かったのだろうか」と推測しています。「や」があるだけで反語とは決められません。「先の世」という過去の設定も判断の手がかりです。
「まかでなむとしたまふ」の「なむ」の文法説明として正しいものはどれか。
正解:4. 完了の助動詞「ぬ」の未然形と、意志の「む」の組合せ。
連用形「まかで」に「ぬ」の未然形「な」が付き、意志の「む」が続きます。退出しようとする更衣の意志を強める形で、係助詞「なむ」とは構造が違います。
「あるまじき恥もこそと心づかひして」の「もこそ」が表す気持ちはどれか。
正解:1. 好ましくないことが起こるのではないかという心配。
「もこそ」は望ましくない事態への危惧を表します。「恥」の具体的内容には注釈の違いがありますが、心配して用心するという構文上の意味は共通です。
「忍びてぞ出でたまふ」の「ぞ」と「たまふ」の関係として正しいものはどれか。
正解:3. 「ぞ」が係助詞で、「たまふ」は結びの連体形である。
係助詞「ぞ」の結びは連体形です。四段活用「たまふ」は終止形も連体形も同じ形ですが、ここでは係り結びから連体形と判断します。
和歌「いかまほしきは命なりけり」の「まほしき」の文法説明として正しいものはどれか。
正解:2. 願望の助動詞「まほし」の連体形。
「まほし」は未然形に接続する願望の助動詞で、「まほしき」は連体形です。後ろの「は」につながり、「生きたいと思うものは」という意味になります。
「夜半うち過ぐるほどになむ、絶えはてたまひぬる」の「ぬる」の説明として正しいものはどれか。
正解:4. 完了「ぬ」の連体形で、「なむ」と係り結びを作る。
この「なむ」は係助詞で、結びは連体形「ぬる」です。先の「まかでなむ」の「なむ」と見かけは同じでも、ここでは完了「ぬ」+意志「む」ではありません。
「女御、更衣あまた候ひ給ひけるなかに」の「候ひ」だけについて、敬語の種類と敬意の対象を正しく述べたものはどれか。
正解:1. 謙譲語で、語り手が女御・更衣の仕える先である帝を高める。
ここでの「候ふ」は「お仕えする」という謙譲語で、動作主は女御・更衣、敬意の対象は帝です。地の文なので敬意を表す側は語り手。後続の「給ふ」の尊敬とは分けます。
同じ「女御、更衣あまた候ひ給ひけるなかに」の「給ひ」について、敬意の向きを正しく述べたものはどれか。
正解:3. 尊敬の補助動詞で、語り手から女御・更衣への敬意を表す。
「給ふ」はここでは四段活用の尊敬の補助動詞で、仕える女御・更衣を高めます。同じ句でも「候ふ」は帝へ、「給ふ」は女御・更衣へと敬意の対象が異なります。
「いよいよあかずあはれなるものに思ほして」の「思ほし」の説明として正しいものはどれか。
正解:2. 尊敬語で、語り手から思う動作の主体である帝への敬意を表す。
「思ほす」は「思ふ」の尊敬語で、主語は帝です。帝が更衣をいとしく思う文なので、思われる対象の更衣ではなく、思う主体の帝を高めています。
「疑ひなき儲の君と、世にもてかしづききこゆれど」の「きこゆれ」の説明として正しいものはどれか。
正解:4. 謙譲の補助動詞で、語り手から第一皇子への敬意を表す。
世間の人々が第一皇子を大切に扱うことを、「きこゆ」でへりくだって表します。敬意の対象は扱われる第一皇子です。「この御にほひ」の光源氏と取り違えないようにします。
「玉の男御子さへ生まれ給ひぬ」の「給ひ」が表す敬意として正しいものはどれか。
正解:1. 語り手から、生まれた男御子である光源氏への尊敬。
「生まる」は生まれる側を主語とする動詞なので、動作主は男御子です。「出産」という内容から母を主語にせず、動詞そのものを確かめることが大切です。
「母君泣く泣く奏して」の「奏し」の説明として正しいものはどれか。
正解:2. 謙譲語で、語り手から申し上げる相手の帝への敬意を表す。
「奏す」は天皇などに申し上げることを表す謙譲語です。動作主は母君、相手は帝。母君が尊い人物でも、この語自体が高めるのは帝です。
「母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつり給ふ」の最後の「給ふ」は、誰への敬意か。
正解:4. 語り手から、更衣を退出させる母北の方への尊敬。
文の主語は「母君」で、「給ふ」は更衣を退出させる母北の方を高めます。途中に更衣への謙譲「たてまつる」があっても、文末の尊敬の対象まで更衣になるわけではありません。
「母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつり給ふ」の「たてまつり」は、誰への敬意か。
正解:3. 語り手から、母北の方が退出させる桐壺更衣への謙譲。
「たてまつる」は母が更衣を退出させて差し上げる、という謙譲の補助動詞です。地の文の語り手から更衣への敬意で、「まかづ」が表す帝への敬意とは区別します。
帝の言葉を受けた「女もいといみじと、見たてまつりて」の「たてまつり」の説明として正しいものはどれか。
正解:2. 謙譲語で、語り手から見られる側の帝への敬意を表す。
「女」は桐壺更衣で、その更衣が帝を拝見します。「見たてまつる」は見られる相手を高める謙譲表現なので、敬意の対象は帝です。
母北の方の発言「灰になりたまはむを見たてまつりて」の「たてまつり」が表す敬意はどれか。
正解:1. 発言者の母北の方から、亡くなった桐壺更衣への敬意。
これは母北の方自身の発言なので、敬意を表す側も母北の方です。拝見する対象は娘の更衣。母娘の関係でも、帝の妃である更衣に敬語が使われています。
選択肢を選べるようになったら、理由・主語・心情を文章で説明します。解答例と同じ文にする必要はありません。本文の根拠が入っているかを確認してください。
解答例:とりわけ高い身分ではない桐壺更衣が、身分の高い女御たちや他の更衣たちをしのいで帝の寵愛を集めたから。
確認ポイント:「高い身分ではない」「他の妃以上の寵愛」の両方を書く。「美人だから」だけでは本文の因果関係を説明できません。
解答例:父の大納言はすでに亡くなっており、教養ある母が儀式などを立派に取り仕切っていても、政治的に支える有力な後見人はいなかった。
確認ポイント:「父の死」と「母の尽力」を区別し、有力な後ろ盾の不在を結論にします。
解答例:第一皇子には将来の皇太子として公的な立場から大切にする思いを持ち、光源氏にはわが子としての私的な愛情を注いで、限りなくかわいがった。
確認ポイント:「おほかたのやむごとなき御思ひ」と「私物」を対応させます。第一皇子を全く愛さなかったとは書きません。
解答例:幼い御子である光源氏は宮中に残り、病気の桐壺更衣が人目を避けて宮中を退出し、実家へ下がる。
確認ポイント:光源氏も母と一緒に退出した、としないこと。省略された動作主を具体名で補います。
解答例:命の終わりを前に帝と死に別れる悲しさを感じ、別れを惜しむからこそ、なお生き続けて帝と共にいたいと願う気持ち。
確認ポイント:詠み手=桐壺更衣、相手=帝。「いか」は「生く」。死を望んでいるという逆の解釈をしないこと。
解答例:火葬される娘の姿を見て死を受け入れようと分別ある言葉を述べていたが、実際には悲しみを抑えられず、車から落ちそうになるほど取り乱した。
確認ポイント:「さかしうのたまひつれど」と、その後の身をよじる姿を対比します。火葬によって気持ちを落ち着けられたとは書きません。
どちらも『源氏物語』第一帖「桐壺」の冒頭を扱う教材名として使われます。ただし教科書によって題名・表記・終わりの位置は異なります。このページの開始句・終了句と、学校の試験範囲を照合してください。
桐壺帝と桐壺更衣の別れが中心です。病気の更衣が宮中を退出し、実家で亡くなります。更衣が帝に詠んだ「限りとて…」の歌には、別れを惜しみ生き続けたい気持ちが表れます。
地の文の「候ふ」は、女御・更衣が仕える相手である帝への謙譲語です。「給ふ」は、仕える動作をする女御・更衣への尊敬語です。敬意を示す側はいずれも語り手です。
文脈で変わります。「御おぼえ」は帝からの寵愛を指し、「世のおぼえ」は世間の評判を指します。前後の語と、誰が評価するのかを確かめて訳します。
ここでは「生く」の未然形で、「生きたい」という意味です。願望の助動詞「まほし」の連体形が続きます。「道」とのつながりで「行く」も響きますが、歌の中心は生き続けたいという願いです。
まず主語を補って現代語訳を確認し、次に「ぬ」「る」の識別と敬意の向きを復習します。四択問題で確認した後、記述問題で理由や心情を自分の言葉で説明してください。学校で指定された範囲と授業の注釈を優先しましょう。
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内容更新:
原典:紫式部『源氏物語』「桐壺」。原文照合には『源氏物語の世界』第一帖「桐壺」を参照しました。掲載の現代語訳・解説・練習問題は本教材用に作成しています。原文の漢字・仮名・句読点は学習用に一部調整しています。諸本・教科書によって表記や注釈が異なるため、学校の定期テストでは配布された本文と授業の説明も確認してください。