項王自刎の原文・書き下し文・現代語訳
このページでは『史記』巻七・項羽本紀の「於是項王乃欲東渡烏江」から「乃自刎而死」までを扱います。「項王の最期」「項羽の最期」など、教科書によって題名や収録範囲、字形・句読点・訓読が異なります。原文は公開原典を確認し、一部の旧字体を通行の字体に改めています。書き下し文・現代語訳は学習用に作成したものです。定期テストでは学校で指定された本文・訓読も確認してください。
01烏江亭長が再起を勧める
原文
於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長艤船待、謂項王曰、『江東雖小、地方千里、衆数十万人、亦足王也。』
書き下し文
是に於いて項王乃ち東のかた烏江を渡らんと欲す。烏江の亭長、船を艤して待ち、項王に謂ひて曰はく、『江東小なりと雖も、地は方千里、衆は数十万人、亦た王たるに足るなり。』と。
現代語訳
そこで項王は、東へ向かって烏江を渡ろうとした。烏江の亭長は船を岸につけて待ち、項王にこう言った。「江東は小さいとはいえ、土地は千里四方あり、人々は数十万人おります。王として立つには十分です。」
読み方のポイント:「艤(ぎ)す」は船を岸につけて用意すること。原典には「檥」の字も使われます。「地方」は現代語の一語ではなく「地は方千里」と切ります。「王」は動詞的に用いられ、王となる・王として治めるという意味です。
02今なら漢軍を振り切れる
書き下し文
『願はくは大王急ぎ渡れ。今独り臣のみ船有り、漢軍至るも、以て渡る無し。』と。
現代語訳
「どうか大王、急いでお渡りください。今、船を持っているのは私だけです。漢軍がやって来ても、渡る手立てはありません。」
読み方のポイント:「臣」は亭長がへりくだって自分を指す語です。「無以〜」は「〜する手段がない」。亭長は、江東で再起できる条件だけでなく、漢軍がすぐには追って渡れないことも説いています。
03天命と、帰らぬ八千人
原文
項王笑曰、『天之亡我、我何渡為。且籍与江東子弟八千人渡江而西、今無一人還。』
書き下し文
項王笑ひて曰はく、『天の我を亡ぼすに、我何ぞ渡るを為さん。且つ籍、江東の子弟八千人と江を渡りて西せしも、今一人の還る無し。』と。
現代語訳
項王は笑って言った。「天が私を滅ぼそうとしているのに、どうして川を渡る必要があろうか。しかも、この私は江東の若者八千人と川を渡って西へ向かったが、今、帰る者は一人もいない。」
読み方のポイント:「何〜為」は反語で、渡る必要を否定します。「天之亡我」は項羽自身の説明であり、作者が敗因を天命と認定した文章ではありません。「笑」も、単に楽しい・余裕があると決めつけず、発言全体から読みます。
04父兄への面目と、自分の心の恥
原文
『縦江東父兄憐而王我、我何面目見之。縦彼不言、籍独不愧於心乎。』
書き下し文
『縦ひ江東の父兄憐れみて我を王とするも、我何の面目ありてか之に見えん。縦ひ彼言はずとも、籍独り心に愧ぢざらんや。』と。
現代語訳
「たとえ江東の父や兄たちが私を気の毒に思い、再び王にしてくれるとしても、私はどの面を下げて彼らに会えるだろうか。たとえ彼らが何も言わなくても、この私が心に恥じずにいられるだろうか。いや、恥じずにはいられない。」
読み方のポイント:「縦」は「たとひ」、「独り」は、ここでは反語を強める働きとして捉えます。ここは「私だけは恥じない」という意味ではありません。「之」「彼」はともに江東の父兄。前半は他者に会う面目、後半は他者に責められなくても残る内心の恥を述べています。
05愛馬を亭長に託す
原文
乃謂亭長曰、『吾知公長者。吾騎此馬五歳、所当無敵、嘗一日行千里、不忍殺之、以賜公。』
書き下し文
乃ち亭長に謂ひて曰はく、『吾、公の長者たるを知る。吾此の馬に騎ること五歳、当たる所敵無し。嘗て一日に千里を行けり。之を殺すに忍びず、以て公に賜ふ。』と。
現代語訳
そこで亭長に言った。「私は、あなたが立派な人だと分かっている。私はこの馬に五年乗り、向かうところに敵はなかった。かつては一日に千里を走ったこともある。この馬を殺すには忍びないので、あなたに与えよう。」
読み方のポイント:「五歳」はここでは五年間。「公」は相手への敬称で、亭長を指します。「之」は馬です。自分は渡らないと決めながら、馬は生かそうとする態度が描かれます。この範囲では馬名は出ませんが、前段に愛馬「騅(すい)」が登場します。
06馬を下りて最後の戦いへ
原文
乃令騎皆下馬歩行、持短兵接戦。独籍所殺漢軍数百人。項王身亦被十余創。
書き下し文
乃ち騎をして皆馬より下りて歩行し、短兵を持ちて接戦せしむ。独り籍の殺す所の漢軍数百人。項王の身も亦た十余創を被る。
現代語訳
そこで騎兵たちに、みな馬から下りて徒歩で進み、短い武器を持って接近して戦うよう命じた。項羽一人が討ち取った漢の兵だけでも数百人にのぼった。項王自身も十か所余りの傷を負った。
読み方のポイント:「令〜」は使役。「騎」はここでは馬に乗る兵士です。「短兵」は刀剣など接近戦に使う短い武器で、少数の兵士という意味ではありません。「被」は「こうむる」、「創」は傷のことです。
07敵軍に昔なじみを見つける
原文
顧見漢騎司馬呂馬童、曰、『若非吾故人乎。』馬童面之、指王翳曰、『此項王也。』
書き下し文
顧みて漢の騎司馬呂馬童を見て、曰はく、『若は吾が故人に非ずや。』と。馬童之に面し、王翳に指して曰はく、『此れ項王なり。』と。
現代語訳
振り返ると、漢の騎司馬である呂馬童が目に入ったので、「お前は私の昔なじみではないか」と言った。馬童は項王から顔をそむけ、王翳に項王を指し示して、「この人が項王だ」と言った。
読み方のポイント:「若」は二人称で「なんぢ」。「故人」は昔からの知り合い。「面之」は、古い注釈に基づき「顔をそむける」とする読みを採用しています。顔を向けると解する説もあるため、学校の注を確認しましょう。「指王翳」は王翳を指さすのではなく、王翳に項王を指し示すことです。
08「吾為若徳」と告げ、自刎する
原文
項王乃曰、『吾聞漢購我頭千金、邑万戸、吾為若徳。』乃自刎而死。
書き下し文
項王乃ち曰はく、『吾聞く、漢我が頭を千金、邑万戸に購ふと。吾若が為に徳せん。』と。乃ち自刎して死す。
現代語訳
項王はそこで言った。「聞くところによると、漢は私の首に千金と一万戸の領地という賞を懸けているそうだ。お前のために恩恵を施してやろう。」そうして自ら首を切って命を絶った。
読み方のポイント:「購」は賞金・賞品を示して求めること。「千金」は当時の貨幣・重量に関わる表現で、現代の千円ではありません。「邑万戸」は一万戸を含む領地。「為若」は「若が為に」、「徳」は恩恵を施すという動詞です。自分の首を功績として賞を得られるようにする、という意図を読み取ります。
テスト前に確認したい句形・語句
江東雖小
読み:江東小なりと雖も
江東は小さいとはいえ
「雖〜」は逆接。小さくても、続く土地と人口の条件から再起は可能だと亭長は説きます。
地方千里
読み:地は方千里
土地は千里四方である
「地方」で一語と捉えず、「地/方千里」に分けます。本文の「里」を現代日本の里と同じ距離として計算しないようにしましょう。
無以渡
読み:以て渡る無し
渡る手段がない
「無以+動詞」は、その行為の手段がないこと。「以て」の後ろには手段としての船が意識されています。主語は追って来る漢軍です。
天之亡我
読み:天の我を亡ぼすに
天が私を滅ぼそうとしているのに
「之」はここでは主語と述語を結びます。「之=これ」と置き換えません。天が主語、我が目的語です。
我何渡為
読み:我何ぞ渡るを為さん
どうして渡る必要があろうか、いやない
「何〜為」の反語。「為」は反語の語気を添えます。場所を尋ねる疑問文ではありません。
縦江東父兄憐而王我
読み:縦ひ江東の父兄憐れみて我を王とするも
たとえ江東の父兄が憐れんで私を王にしてくれても
「縦〜」は譲歩の仮定。「王我」の「王」は名詞を動詞的に用いたもので、私を王にするという意味です。
我何面目見之
読み:我何の面目ありてか之に見えん
どの面を下げて彼らに会えようか、いや会えない
疑問の形で、合わせる顔がないと述べる反語。「之」は江東の父兄を指します。
籍独不愧於心乎
読み:籍独り心に愧ぢざらんや
私が心に恥じずにいられようか、いやいられない
「独り」は反語を強める働きとして捉え、文全体で「どうして心に恥じずにいられようか」と読み取ります。否定の「不」を含むため、結果として「心に恥じる」を強く肯定します。「私だけは恥じない」という意味ではありません。
不忍殺之
読み:之を殺すに忍びず
この馬を殺すには忍びない
「忍」は我慢する・耐える。「之」の指示内容は直前の「此馬」です。人を指すと決めつけないこと。
令騎皆下馬歩行
読み:騎をして皆馬より下りて歩行せしむ
騎兵たちをみな下馬させ、徒歩で進ませる
「令+人+動作」は「人をして〜せしむ」という使役の形。命令する側は項王、命令される側は騎兵です。
若非吾故人乎
読み:若は吾が故人に非ずや
お前は私の昔なじみではないか
「若」は「なんぢ」と読み、呂馬童を指します。「若し〜」という仮定ではなく、相手を指す代名詞です。
吾為若徳
読み:吾若が為に徳せん
私はお前のために恩恵を施そう
語順は「吾/為若/徳」。誰のために何をするのかを区切ると読めます。恩恵の具体的内容は、自分の首を取った功績として賞を得られるようにすることです。